IONAWS


1 日常診療におけるEBMの実践 -安定狭心症の患者を例に-

名郷直樹
作手村国民健康保険診療所
2 愛知県作手村

人口3400人
平均標高550m
老齢人口30%
診療所が村内唯一の医療機関
3 自己紹介

1961年 名古屋生まれ
1986年 自治医大卒
同年 名古屋第二赤十字病院研修医
1988年 作手村国保診療所
1992年 自治医大地域医療学
1995年 作手村国保診療所
専門領域 地域医療、家庭医療
4 家庭医療、地域医療とは

あらゆる問題に対応する
患者によって自分を変える
患者や問題の種類により差別をしない
臓器、ヒトにとどまらず、家庭・地域も視点とする
生物学的問題だけでなく心理社会的問題も重視する
診察室に来ない人のことも考慮する
5 EBMとは?
各自で現時点での自分の考えを空欄に書きとめておきましょう
6 EBMの5つのステップ

1. 問題の定式化
2. 問題についての情報収集
3. 得られた情報の批判的吟味
4. 情報の患者への適用
5. 1-4のステップの評価
7 患者シナリオ

76歳男性、高血圧で外来通院中の1年前に労作性狭心症を発症、入院してPTCA施行。退院後アスピリンとβ遮断薬の投与により落ちついており、日常生活の範囲で特に症状はない。その他にも、ACE阻害薬とスタチンも服用している
8 シナリオ続き

その患者の定期的な外来を終えた日の午後、C社のMRが今日は是非少しお時間をいただきたいという
手にはIONAの論文
大規模臨床試験の結果、ニコランジルの有効性が証明されました!
MRにどんな質問がしたいですか?
9 ロールプレイ1

「ニコランジルについての大規模臨床試験で、狭心症に対する効果について確かなエビデンスが確認されました。是非ご処方お願いします。」
MRの宣伝をきっかけに、先ほどのMRにたずねたい質問を念頭において、続きをロールプレイしてみてください
10 グループワーク1

ロールプレイをもとに、MRから引き出したい情報をグループごとにOHPにまとめましょう
11 EBMの5つのステップ

問題の定式化
問題についての情報収集
得られた情報の批判的吟味
情報の患者への適用
1-4のステップの評価
12 Step1. 問題の定式化

行動目標
問題のカテゴリーは何か(頻度、診断、予後、副作用、治療、予防、コスト)
問題のPatient、Exposure、Comparison、Outcomeは何か
Outcomeはpatient-orientedか
13 Step1.問題の定式化

Patient:どんな患者に
Exposure:どのような治療、検査をしたら
Comparison:どんな治療、検査と比べ
Outcome:どうなるか
14 グループワーク2

ニコランジルの効果についての疑問をPECOの形に定式化してみましょう
Outcomeは最低でも3つは挙げましょう
お互いにPECOを発表しあって、シナリオの患者にとって最も重要なOutcomeは何か話し合ってみましょう
最も重要と思うPECOをOHPにまとめましょう
15 Step1.問題の定式化 治療編

Patient:高齢の安定狭心症患者に
Exposure:ニコランジルを投与して
Comparison::投与しないのと比べて
Outcome:心筋梗塞が減少するか
        狭心症による入院が減少するか
        死亡が減少するか
16 不整脈を治療したら…
17 真のアウトカム(エンドポイント)

陳旧性心筋梗塞患者
代用のアウトカム:不整脈
真のアウトカム:突然死、死亡
狭心症患者
代用のアウトカム:心カテ所見
真のアウトカム:心筋梗塞、胸痛、死亡
18 あなたにとって最も重要なアウトカムは?

心カテ所見
狭心痛
心筋梗塞
突然死
死亡
入院
その他
19 EBMの5つのステップ

問題の定式化
問題についての情報収集
得られた情報の批判的吟味
情報の患者への適用
1-4のステップの評価
20 Step2. 情報収集1

情報の有用性を決める3つの特徴
妥当性が高く
関連性が高く
労力が少ない
     情報ほど有用である
21 治療についての有用な二次情報1

Cochrane Library
治療についてのシステマティックレビュー
CDSR、DARE、CCTR
Best Evidence
優れた論文の構造化抄録による要約集
ACP Journal Club
Evidence-Based Medicine
22 治療についての有用な二次情報2

Clinical Evidence
一般医向けEBMスタイルエビデンス集、年2回発行
2001年9月に日本語版が発売
現在インターネット上で無料開放
http://www.clinicalevidence.com/
UpToDate
CD−ROM版の教科書、年3回の改訂
参考文献のMEDLINE抄録まで閲覧可能
1週間は無料で使用できる
www.uptodate.com/
23 情報源の使い分け

まず、 Clinical Evidence、 UpToDate
次に、 Cochrane Library、 Best Evidence
それでだめならMEDLINE
楽な勉強法こそEBMの王道
勉強が大変と感じたら、EBMから遠ざかっている?
24 情報収集番外編

MRからの情報、特に原著論文
楽な情報収集の一つの手段
批判的吟味は省略しない
「製品売りたいバイアス」の存在
IONAを読もう
The IONA Study Group. Effect of nicorandil on coronary events in patients with stable angina: the Impact Of Nicorandil in Angina (IONA) randomised trial. Lancet 2002; 359: 1269?75
25 EBMの5つのステップ

問題の定式化
問題についての情報収集
得られた情報の批判的吟味
情報の患者への適用
1-4のステップの評価
26 Step3. 批判的吟味

情報の表す3つのもの
真実
バイアス
研究デザインの吟味
偶然
統計学の適用の吟味
27 様々なバイアス

情報(測定)バイアス
情報のあるところ、測るところにバイアスあり
選択バイアス
選ぶところにバイアスあり
交絡因子
間に入る因子にバイアスあり
28 Step3. 批判的吟味 一般編

論文のPECOは何か
研究仮説は明確か
研究規模の設定法が述べられているか
仮説に対応した解析がなされているか
研究デザインに即した統計手法が用いられているか
29 論文のPECO

Patient:安定狭心症患者に
Exposure:ニコランジルを投与して
Comparison:プラセボと比べて
Outcome:心筋梗塞の発症と死亡および胸痛による入院が減少するか(primary outcome)
30 研究仮説の重要性

1つの仮説を立て、その結果を統計学的に検定し、有意
5つの仮説を立て、その結果を統計学に検定し、そのうち一つの仮説について有意
どちらの解析が偶然の影響が小さいか?
グループごとで話し合ってみましょう
31 偶然の影響を計算する

1回の検定であれば 0.05
5回の検定なら、少なくとも1つ有意になる確率は(それぞれの因子が独立と仮定)
1-(1-0.05)5= 0.23
10回の検定で少なくとも1つ有意になる確率は
  1-(1-0.05)10= 0.4
有意水準0.05を適用できるのは、1次アウトカムだけ
32 Step3. 批判的吟味の実際一般編

一次アウトカム
心筋梗塞の発症、死亡、狭心痛による入院の減少
研究規模の設定法
α:0.05 β:0.2
アウトカム発生率:13% 予想される治療効果:20%
仮説に対応して解析
Coxの比例ハザードモデル
33 Step3. 批判的吟味 治療編1

第一のガイド
ランダム化比較試験か
解析時にもランダム化が守られているか
追跡率
intention to treat analysis(ITT)
34 Step3. 批判的吟味の実際1:IONA

第一のガイド
ランダム化比較試験
ITT解析
追跡率 5122/5126
35 Step3. 批判的吟味 治療編2

第二のガイド
情報が独立して評価されているか
患者、医者、研究者、解析者
評価の対象外の治療が等しく行われているか
両群の背景がそろっているか
36 Step3. 批判的吟味の実際2

第二のガイド
背景はよくそろっている
二重盲検、独立したデータセンターが解析
併用療法にも差はない
 デザイン上明確な問題点はない
37 結果の批判的吟味

研究仮説に沿って読む
さまざまな指標で評価する
相対指標 : 相対危険(Relative Risk:RR)
絶対指標 : 治療必要数 (Number Needed to Treat:NNT)
確率的なものとして読む
95%信頼区間
実数で評価する
治療群でのイベント率、プラセボ群のイベントなしの率
38 RRとNNTでの治療効果の評価

各群での脳卒中の発生率(例)
治療群 5/1000 プラセボ群 10 /1000
治療群 5 /100 プラセボ群 10 /100
RRはどちらも 0.5
NNTは 200と20
    両方での評価が重要
39 RRとNNTを計算する

表の一次アウトカムの発症率のデータから、RRとNNTを計算してみましょう
40 論文結果のまとめ

一次アウトカム(心筋梗塞の発症、死亡、入院)
RR  0.83(0.72-0.97)
NNT 42(23-206)
41 結果のまとめ(一次アウトカム)

相対危険 0.83(0.72-0.97)
17%しか減らさない
治療必要数  42(23-206)
41人は無駄に薬を飲んだ
治療しても13.1%が心筋梗塞、入院
治療しないと15.5%が心筋梗塞、入院
治療しなくても84.5%は心筋梗塞、入院せず
42 歩きながら論文を読む

論文のPECOを読む
構造化抄録を利用する
ランダム化かどうか読む
まず表題
ITT解析かどうか読む
患者背景の表と結果の表から
一次アウトカムの結果を読む
Primaryという単語、研究規模の設定に用いたアウトカムを探そう
43 歩きながら論文を読む:実践編1

論文のPECO
安定狭心症患者に
ニコランジルを投与して
プラセボと比較して
心筋梗塞の発症、死亡、狭心痛による入院が減少するか?
44 歩きながら論文を読む:実践編2

ランダム化
ITT解析
一次アウトカムの結果
RR  0.83 (0.72-0.97)
NNT 42 (23-206)
ニコランジル群 13.1%、プラセボ群  15.5%
45 大規模臨床試験とは

何例以上の臨床試験なら大規模だろうか?
IONAは両群で5000例以上
ピロリ菌の除菌の試験は両群で100例
46 グループワーク4

ピロリ菌の試験と何が違うのであろうか
ピロリ菌の試験も可能なら5000例集めるべきなのであろうか
以上を元に、IONAが5000例も必要とした理由をグループで考えてみよう
47 大規模臨床試験の定義

研究規模の決定
アウトカムの発生頻度、治療効果
発生頻度が少ないほど、治療効果が小さいほど大規模
αエラー、βエラー
「アウトカムの発生が少ないため、治療効果が小さいため、最小規模でやろうとしてもやむえず大規模になってしまう」のが大規模臨床試験
48 EBMの5つのステップ

問題の定式化
問題についての情報収集
得られた情報の批判的吟味
情報の患者への適用
1-4のステップの評価
49 ロールプレイ2

この患者の次の外来です。ニコランジルを追加するかどうか、ロールプレイしてみましょう
50 Step4. 患者への適用

自分の患者と論文の患者は異なっていないか?
臨床上重要なすべてのアウトカムが評価されたか?
コストや害を上回る効果が期待できるか?
51 Step4. 患者への適用

目の前の患者の心筋梗塞、入院のリスクは
この一年、胸痛、入院はない
肥満、糖尿病はない
過度の飲酒(1日2-3合)
アスピリン、β遮断薬、ACE阻害薬、スタチン服用
52 目の前の患者でのNNT

Sackettの「F」
目の前の患者の脳卒中のリスクがF倍
F=1/2とすると
42 × 2 = 84
53 すべてのアウトカムを考慮したか

この患者のアウトカムを左右するものは?
薬を飲むかどうか
重篤な薬の副作用がでるかどうか
窓口での医療費負担
虚血性心疾患以外の合併症
虚血性心疾患と無関係な病気
転倒、交通事故など不慮の事故
家族の健康
54 シナリオ再掲

76歳男性、高血圧で外来通院中の1年前に労作性狭心症を発症、入院してPTCA施行。退院後アスピリンとβ遮断薬の投与により落ちついており、日常生活の範囲で特に症状はない。その他にも、ACE阻害薬とスタチンも服用している
55 グループワーク5

ニコランジルのことをどのように説明するのか、OHPに話し言葉でまとめてみましょう
56 こんな言葉をかけてあげたい

薬を追加しないからといって全員心筋梗塞になってしまうわけではないのですよ!
本当は薬を追加しなくても、あまりかわらないのです。
薬を追加しなくても2年弱の間に心筋梗塞や入院にならない人が80%以上なのです。
57 EBMの5つのステップ

問題の定式化
問題についての情報収集
得られた情報の批判的吟味
情報の患者への適用
1-4のステップの評価
58 評価

自分自身が提供した医療に対する批判的吟味
自分自身に批判的になれるかどうか
他者による評価
自分自身に批判的になることは難しい
他人に批判的になることはたやすい
59 自身の医療行為を批判的吟味する

患者からの情報の引き出しは十分であったか?
情報収集は能率的で漏れがなかったか?
情報の批判手吟味は適切だったか?
患者への説明は適切だったか?
自分自身はどんなバイアスを受けやすいか?
60 EBM実践による変化:治療編

問診、診察をより重視
患者の問題が明らかになって初めて何を勉強すればよいのか明らかになる
目の前の患者のリスクをより細かく検討
患者に治療を強要しない
「この薬を飲まないと心筋梗塞になってしまいますよ!」という脅しをしなくなった
61 EBMとは?

個々の患者の医療判断の決定に、
 最新で最善の根拠を、良心的かつ明確に、
 思慮深く利用すること(Sackett, DL.)
62 EBMの実践とは?

個人の臨床的技能と、
 体系的研究からの外部の臨床的根拠との
 統合(Sackett, DL.)
63 私にとってのEBMの実践

目の前の患者の話をよく聞き、よく診察し
(患者からのエビデンス)
その患者によく似た患者についての研究結果をよく勉強し (外部のエビデンス)
その二つの情報を統合し
目の前の患者に現時点での最善の医療を提供すること
64 再び、EBMとは?
65 作手村診療所 1番診察室

田中さん、
1番へどうぞ
66 診察室へ入ると.....

何が違う?
肘掛椅子
コンピュータ
張り紙
67 本音を聞き出すは大変ですが

薬は?
追加してもしなくても
塩分は?
ひかえめに
お酒は飲んでいい?
少々なら
たばこは?
止めたほうが...
68 情報は診察室に

あなたに似た患者さんでは....
69 治療の効果を調べる

これまでの研究では
心筋梗塞、入院を20%減少
数十人治療して治療のおかげで助かるのはそのうち一人
70 診察を終わって

それではこのままの薬で
2週間後にまたいらして下さい
71 薬の効果は小さいというのだけれど

今飲んでいる薬も本当に必要なのだろうか?
論文に基づくのでなく、論文を役立てる
72 医師と患者の情報格差

患者さんにも勉強してもらう
患者さんからも教えてもらう
格差は小さい方がいい!
73 EBMを理解、実践したプロセス1

第一段階:無知レベル 6年
私の医療は役に立っているのか?
第二段階:臨床疫学レベル 3年
苦労して勉強すれば質の高い医療が提供できるかもしれない
第三段階:コクランレベル 1年
勉強法も楽になってこれなら私にもできるかもしれない
74 EBMを理解、実践したプロセス2

第四段階:EBM実践レベル 3年
論文を読んだところで目の前の患者のことが分かる訳じゃない
第五段階:あきらめレベル 1月
EBMをもってしても医療はそれほど患者の役に立たない?
第六段階:前向きレベル
少なくとも患者に向き合うためEBMが必要
75 Step1.実践のために

1.患者と積極的にコミュニケーション
2.自分の疑問でなく患者の疑問から
3.疑問に思ったらすぐ定式化
4.定式化したら書き留める
5.主治医と積極的にコミュニケーション
76 コミュニケーションの3原則

1.開かれた質問から
「どうしましたか?」
2.患者自身の「病気に対する思い」を尊重
「一番心配なことは何ですか?」
3.帰り際の一言に注目
帰り際に本音がでる!
77 Step2.実践のために

1.教科書は仕事場に
2.仕事場にコンピュータを
3.二次資料の積極利用
4.だめもとで検索する
5.検索は5分以内に
6.より簡単な勉強法を探す
7.DI室を情報センターに!
78 Step3.実践のために

1.心にいつも「真実、バイアス、偶然」
2.優れた二次資料の利用
3.まず抄録だけは読む
4.論文は歩きながら読む
5.仲間と読む
79 Step4.実践のために

1.よく話を聞く
2.主治医とよく相談する
3.よく説明する
4.チームとして患者に接する
80 私の中でのパラダイムシフト

科学的とは?
白黒つかないことこそ科学的
薬を飲んだからといって100%脳卒中が防げるわけではありません
白黒はっきりするのは非科学的
教祖の言うとおり
教授の言うとおり
81 最後に

実践してこそEBM
EBMとは何かと問う前に、目の前の患者にとっての最善の医療は何かと自問しよう
EBMが役に立つかどうかではなく、EBMを利用する自分自身が患者の役に立てるかどうか
論文に対して批判的になるだけでなく、自分自身に対してこそ批判的に